《横浜開港資料館》企画展示「レンズ越しの被災地、横浜 ―写真師たちの関東大震災―」 みどころ紹介

投稿:M3PRESS編集部

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東日本大震災から10年の節目となる令和3年。機会に展示を通じて災害の記録を伝える意義を見つめ直す展覧会

企画展示「レンズ越しの被災地、横浜 ―写真師たちの関東大震災―」が横浜開港資料館にて2021年1月30日(土)~4月18日(日)の期間、開催されます。情報技術が発達した今日、災害の情報はSNSなどを通じて瞬く間に世界へと広がっていきます。10年前の東日本大震災でも、発災後の惨状は、テレビカメラはもちろん様々な媒体に記録され、インターネットを通じて世界へ拡散していきました。しかし、テレビやラジオもなかった1923(大正12)年9月1日の関東大震災発生当時、災害の情報を記録したのは新聞社や通信社の職員、官庁の技術者、そして街中で写真館を営む写真師たちでした。彼らは焼け野原となった横浜の様子をカメラに収め、各方面に発信していきました。本展示では、2018年秋に鎌倉市内で発見された西野写真館旧蔵の写真原板(ガラス乾板)を中心に、街の写真師たちが撮影した被災地、横浜の姿にせまります。

初公開 西野写真館旧蔵 関東大震災写真原板(ガラス乾板)

西野写真館旧蔵関東大震災写真原板の一部 横浜開港資料館蔵

西野芳之助撮影と考えられる、関東大震災で大きな被害を受けた横浜の様子を記録した写真原板(サイズ:縦105mm×横160mm)。この写真群は神奈川県警察部編『大正大震火災誌』(1926年)をはじめ、震災の記録をまとめた多くの「災害誌」に掲載されています。原板には、和文と英文で撮影場所が記された薄紙が貼られており、被災の記録を確かに伝えてくれています。

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主な展示資料や見どころ

写真原板に克明に記録された関東大震災による横浜市の被害

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「横浜市惨害全景(其貮)」 西野写真館旧蔵関東大震災写真原板 1923(大正12)年9月 横浜開港資料館蔵 ※伊勢山(現在の西区)から横浜市街地を俯瞰したパノラマ写真4枚のうちの1枚

上の写真は、現在のJR桜木町駅周辺の様子をとらえたもので、中央左側にはドーム屋根を備えた神奈川県農工銀行、右側には京浜線の高架や焼けた貨車が確認できます。1872(明治5)年に開業した日本最古の駅舎、初代横浜駅(桜木町駅)は火災によって焼け落ちました。写真原板28枚は大きな損傷も少なく、良好な保存状態で発見されました。そのためこの原板からは、倒壊した建物の状態や道行く人々など当時のようすを細部まで見ることができます。

写真師・西野芳之助

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西野芳之助肖像 三浦君代氏蔵

関東大震災後の被害状況を写した写真師たちの中で、写真原板28枚を所蔵していた西野写真館(鎌倉の鶴岡八幡宮前、雪ノ下に所在した)の主人・西野芳之助について紹介。1881(明治14)年10月に現在の横浜市中区日ノ出町に生まれた西野芳之助は写真師の道を志し、大正初年には同地で写真業を営んでいました。その後、鎌倉で写真館を開業、昭和初年には「嘉一」と名を改め、1952(昭和27年)10月に没しました。

展示図録『レンズ越しの被災地、横浜―西野写真館旧蔵関東大震災ガラス乾板写真―』を販売

今回初公開となった西野写真館旧蔵関東大震災ガラス乾板写真全28枚を収録。横浜市街を流れる河川の状況や、瓦礫の山となった山下町、外壁を残して焼け落ちた建造物群、そして倒潰した港湾施設など、約100年前の地震の惨状が浮かび上がってきます。A4判、48頁、1,200円+税。電話にて通信販売も可能ということです。

​展示概要

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横浜開港資料館

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、入館にはオンラインによる事前予約(日時指定)が必要となります。詳細は、ホームページにてご確認ください。また、新型コロナウイルス感染拡大状況により、会期・開館時間等を変更する場合があります。

  • 会 期:2021年1月30日(土)~4月18日(日)
  • 会 場:横浜開港資料館 新館2F 企画展示室
  • 開館時間:9:30~16:30(入館は16:00まで)
  • 入 館 料:一般200円、小中学生100円、横浜市内在住65歳以上100円
  • 休 館 日:月曜日
  • 展示点数:約80点

公式サイト

http://www.kaikou.city.yokohama.jp/